02


その日の夜、

置行堀の元を訪れた者がいた。

「人間に渡したぁ?」

「はっ、はい〜」

月夜を背に背負い、黒い着物に白の羽織。片手にキセルを持って佇む青年は呆れたように困惑したように眉を寄せた。

「どうする、リクオ様?」

まさか人間の手に渡っていようとは、と青年、奴良 リクオの隣に寄り添うように立っていた少女も困ったようにリクオを見た。

リクオは着物の袖に両手を突っ込んだまま暫し考える素振りをする。

「置行堀。お前は羽織の代わりにソイツから何を貰った?」

「はぁ、これですが…」

差し出された品に、リクオは一瞬驚いた顔をし、理解すると共に酷く愉しげにニヤリと口端を吊り上げた。

「コイツは…」

「リクオ様?」

紐の切れた、刀の鍔で出来た眼帯。

少女と置行堀はリクオの楽しそうな姿に首を傾げた。

「邪魔したな置行堀。行くぞ桜華」

「あ、待ってリクオ様。どういう事?」

説明しろと目で訴えてくる桜華にリクオはククッと低く笑った。

「なぁに、簡単な事だ。ここは俺達妖怪からすりゃぁ奴良組のシマだ。…だが、人間から見たらどうなる?ここは誰のシマだ?」

「人間からみたら…?ん〜、確か…、独眼竜 伊達 政宗公?」

リクオにそう答えてから、桜華ははっとしたように顔を上げた。

「そういうことだ。あの珍しい眼帯。十中八九、奴のだろうぜ」

「まさか、リクオ様…」

木々の間から見えてきた立派な城に、桜華はリクオを信じられない気持ちで見た。

「そのまさかだ」

しかし、リクオは桜華の気持ちを知ってか知らずか月を背にしてニヤリと愉しそうに笑ったのだった。

閉ざされた門をひょいと軽々と越え、リクオは敷地内へ侵入を果たす。

桜華もリクオに倣って、気が進まないまま独眼竜の住まう城へと足を進めた。

「俺から離れるなよ桜華」

「うん」

リクオは桜華の手を取り、眠そうに欠伸をしている警備兵の前を堂々と通る。

しかし、警備兵は何故かまったく気付かない。

二人は騒がれることもなく、城の中へと上がり込み、城主に会うべく歩を進めた。

「城の中ってこうなってるんだ。初めて見るなぁ」

入り組んだ廊下を迷わず進むリクオの隣で桜華は感心したように声を漏らす。

「簡単な造りじゃ、敵方に攻め込まれた時あっという間に落ちちまうだろぉが」

「うん、そうなんだけど…」

人に気付かれぬ程度に声を抑えて会話をしていれば、いきなりピタリとリクオが足を止めた。

「見つけたぜ。この先に奴がいる」

同じく足を止めた桜華も、この先に人がいることに気配で気付く。

けど、

「ねぇ、リクオ様。この先にいるのって本当に人間?」

何か気配が違う。

一つは人間っぽいけどどこか異質な気配。

もう一つは確実に人ではない何者かの気配。

眉をひそめた桜華に、リクオは行ってみりゃ分かるさ、と気楽に返し、歩みを再開させた。

「リクオ様ったら、もう…」

置行堀に話を聞いてからずっと愉しそうなんだから。ちょっと妬けるな。



そして、彼等は出会う――。



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